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―――ある日の夕刻、とある喫茶店
「さてと、そろそろ閉店ですかね」 グラスを磨きながら呟く長身の男、黄楊スティノークル。 がっしりとした体格に落ち着いた雰囲気はバーテンの様な服が妙に似合い、 彼を知らない者は、いい歳の青年、下手をすると子持ちのオジサマ、と 思うことであろう。しかし、彼はこれでも正真正銘一介の『高校生』である。
……まあ、高校生といっても日々異形のモノ達と戦い、世の裏で活躍する 能力者集団学校『銀誓館』の生徒であるので……つまり、そういうこと、である。
と、そんな彼が営む喫茶店であるが、開店していれば当然閉店もある。 今はその、閉店間際の様だ。
「みんなにはもうあがってもらってるんで、後は看板片して終わり…か」 (いやはや、最近は古戦場にサンダーバード、妖狐に詠唱銀強盗、更には 欧州勢までも……やれやれだなあ) 内心で最近起こっている能力者としての情勢を思いつつ、片付けをする。
と、そこに…… 「たのもぉーー!!」 と、喫茶店にはまず縁のないセリフとともにドアが開け放たれた。 (おや、閉店間際に変わったお客さんが) 「いらっしゃいませ。テーブル席は片してしまったので、カウンター席でいいですかね?」 と、声をかけると、 「うむ、かたじけない。2名で御座る」 妙に時代がかった言回しの客人がカウンターへと歩く 「――様、本当にここで合っているのでしょうか」 と、こちらはかしこまった口調のお客が歩いてくる。
改めて閉店間際の客人に目を向けたスティノークルは驚く事になる。
御座る口調のお客は、黒髪ポニーテールの端正な顔立ちの女性。 そこまではいい。そこまでは見掛ける事もある……問題は服装だ。 パッと見、肩と胴と手に甲冑を纏っている様に見えるが……よく見ると 鎧以外の部分はぴったりとしたインナースーツだ。
色々な異形と戦う能力者でも見た事のないタイプの服装だ。 まずこの事に驚きつつ、隣りに座るもう一人のお客に目を向ける。
こちらは銀髪のショートヘア、先の女性が快活な印象を受けるのに対し、 無表情で表情から何を考えているのか読み取るのは難しいタイプの女性。 そして、何故かメイド服だ。
最近となっては別にメイド服は珍しくない。 とある電気街などは、メイド服を来たカフェがあったり、果てには執事や武将の格好を したカフェもあると聞くし、道路にメイド姿の女性がビラ配りしてたりもするらしい。 だが、通常メイド服や侍女服というものは、屋敷の中での仕事着であって外出の際は 外出着を着ていくのが普通である。 更に言えば、喫茶店の中にメイド姿のウェイトレスがいるのは不思議ではないが、 メイド服を来た人が喫茶店のお客として来るのは彼にとっても初めての出来事である。
「「「…………」」」
一瞬、沈黙が場を支配する。 が、そこは伊達に喫茶店のマスターなんぞやってるわけではない。 スティノークルはすぐに口を開く。 「この辺の方ではないとお見受けしますが?ご注文は何にしましょう」 さりげなく水を注いだコップをカウンターに置きつつ聞く 「ん?拙者達はシャンバラ教導団所属、ちと今日は友人のいる蒼学までいこうと思うてな。 ああ、拙者は緑茶を所望するで御座る」 極当たり前の事を言うようにいう武者っぽい女性 「まったく、逢様がまた迷われるから……では、コーヒーを1つお願いします」 少々呆れた様に言うメイド服の女性 「緑茶にコーヒーですね。かしこまりました。少々お待ちを」 (シャンバラ教導団…?聞いたことないな。蒼学はどこかの学園の略だろうか) と、思案しながら注文された品を用意する。
「中々に落ち着いた雰囲気のお店かと、判断出来ます」 「そうで御座るなあ。空京にはあまりない店で御座るな」 「……ところで、ここはどの辺りなのでしょうか」 「…………マスター、ここはどの辺りで御座るか?」 二人で話していたうちの、逢と呼ばれた女性が声をかける。
サイフォンでコーヒーを淹れつつ、湯呑に入れたお湯を急須に淹れ、 緑茶を作っていたスティノークルは、急須と湯呑をトレイに乗せ 「緑茶お待たせしました。ここは銀誓館学園のある鎌倉市の一角ですよ」 質問に答えつつ、トレイをカウンターに置く 「ふむ、鎌倉ということは日本で御座るか……はて、いつ地球に来たで御座るか」 湯呑にお茶を注ぎながら呟く逢 「……いくら逢様が極度の方向音痴だったしても、さすがにパラミタ大陸から 地球まで迷い込むことはないと思いたいのです」 「はっはっはっ、ナナ様、いくら拙者でもそこまで迷わぬで御座るよ!」 方向音痴という部分は否定しないらしい。 「コーヒーお待たせしました。砂糖はお好みでどうぞ。っと、失礼ですが、 パラミタ大陸とはどこのことですかね?」 コーヒーを差し出しつつ、疑問を口にしてみるスティノークル 「……?ありがとうございます。パラミタ大陸は日本の上空に浮遊する大陸ですが」 差し出されたコーヒーを受け取り、質問に答えるナナと呼ばれる女性 「日本の上空に浮遊大陸が?……うーむ、聞いた事ありませんなあ」 これまでに色々な超常現象やメガリスを目にしたスティノークルでも 初めて聞くモノだったらしい。 (…昔の争いに、空飛ぶ円盤型のメガリスがあったと文献で見ましたが、 大陸と呼ぶ程の大きさではなかったはず…) 今一度思い返していると、 「ふぅ、お茶は落ち着くで御座るなあ。ちと道を聞こうと入った店が普通で良かった で御座るよ。開けた途端、異世界への扉だったりしたら驚きで御座るからな」 緑茶を啜りながら、逢が一言 「ナナは喫茶店だと解っていましたが。看板でていましたので。 もし、その様な怪しげな扉だとしたら、止めているのです」 二人のやり取りを聞いていたスティノークルは 「……異世界……確か、お二人は日本を知っているのでしたか?」 何か思い浮かんだのか、二人に問う 「はい、ナナは地球人ですので」 「うむ、拙者はパラミタのヴァルキリーで御座るが、ナナ様と出会った のは地球で御座るよ」 と、二人そろって肯定の返答を返す 「ふむ……どうやら『地球』は同じモノを指している様ですね。と、いうことは 同じ地球であって違う世界、いわゆる並行世界の様な感じですかね」 ここまでの情報から推測した見解を述べるスティノークル ――― 一方は『シルバーレインを防ぐ世界結界で覆われた地球』 ――― 一方は『日本上空に現れたパラミタ大陸と共存する地球』
通常では交わることのない、二つの『世界』が、喫茶店の扉によって 繋がる……原因はまったく不明だが―――
ずずー……、コクコク……、カチャカチャ……。
しばしの沈黙が訪れる。 緑茶を啜る音、コーヒーを飲む音、食器を片付ける音が流れていた。
先のスティノークルの仮説について各々考えているのだろう。 それから口を開いたのは、 「いやまあ、こ……」 「特にお互いの世界に影響があるわけでもないかと。 ナナ達が立ち寄れる場所が増え、そこがたまたま少々変わった店だった、 それだけの事、と判断します」 「うむ、どんな事情があろうとも、雰囲気の良い所でうまい食事が出来るのなら、 別世界であろうと構わんで御座るよ!」 何かを言おうとした、スティノークルの言葉を遮り、ナナと逢が纏めてしまったのである。 こう言い切られてしまっては、スティノークルもはぁ、確かに、と頷くことしか出来なかった。
それから二人は 「逢様、そろそろ……。誤字姫様をお待たせしては誤字神様の 天罰が……このお店に」 「それは急がねばなるまい。セシリア殿が本気を出したら、 灰燼と帰すで御座ろう……この店が」 と、二人そろって何やら物騒な事をいいつつ席を立つ。 「ご馳走さまでした。お代はこれで。換金されれば円にして、 しばらくナナ達にタダで奢りたくなるはずなのです」 「ありがとうございました。またのご来店、待ってますよ」 見た事のないコインを受け取り、不思議に思いつつ見送るスティノークル。
と、変わった二人の客と入れ替わりに、住み込みの二人、リゼルとフィロミアが 戻ってきて、片付けつつフィロミアに住む部屋を案内した。
…………店をでた二人、ナナと逢は再びパラミタの地を踏んでいた。 店を振り替えると、入り口の脇に鎮座していた三毛猫と目が合う。
「「…………」」
「ん?ナナ様、どうされたで御座るか?」 歩き始めていた逢が足を止めると 「いえ、何でもないのです」 肩に三毛猫を乗せたナナが、何処もおかしな所はないとでもいうように 歩いて並んだのであった。
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